東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)3387号 判決 1966年4月19日
理由
一、先ず被告早田に対する請求について検討するに、請求の原因第一、第三項の各事実は原告と被告早田との間に争いがなく、同第二項の事実については、《証拠》によつて、これを認めることができるから、これらの事実によれば、他に特段の事由がない限り、被告早田は本件(一)の手形の裏書人として原告に対し手形金五〇万円およびこれに対する満期の翌日から完済までの法定の年六分の割合による利息を支払う義務がある。
しかしながら、本件(二)、(三)手形が適法に呈示されなかつた以上は、これらの手形について遡求の要件が充たされていないのであるから、その遡求権がないことは明白である。
被告早田は原因関係の事由を主張しているけれども、原告が悪意の手形所持人であることの立証がなく、同被告の抗弁は採用できない。
よつて、被告早田に対する原告の請求は主文第一項の限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却すべきである。
二、次に被告中島に対する請求について検討する。
原告の被告中島に対する請求は、同被告が本件各手形を振出したことを前提とするものであるから、本件各手形振出の成否について考察する。
原告が本件各手形であるとして提出した甲第一ないし第三号証には原告主張のとおりの手形要件の記載と被告中島の振出人の記名および捺印があることが認められ、被告名下の右印影が同被告の印判によつて顕出されたものであることは同被告が認めているところである。
そして、被告早田本人尋問の結果によると、右甲第一ないし第三号証の振出人欄を除く手形要件は被告早田が記載したものであるが振出人欄の被告中島名義の記名および捺印は、被告中島が自らこれを押捺したものである旨の供述があり、また黒田義男の証言によると、被告中島は本件(一)の手形が不渡りとなつた直後に訴外黒田義男から同手形の決済を要求されたのに対し、その振出が真正であつて自己に支払の責任があるが、暫らく待つてほしいと返答した事実が認められるので、被告早田本人の右供述および右認定の事実からみると、右甲第一ないし第三号証の被告中島名義の記名および捺印が、いかにも真正に成立したもののように思われるところがある。
しかしながら、証人水上佳樹の証言および被告中島本人尋問の結果によると、右甲第一ないし第三号証の被告中島名義の記名および捺印は、被告中島が昭和四〇年八月中旬頃たまたま自己の記名判および印判を被告早田の自動車の中に置き忘れ、被告早田がその後二、三日間これらの印判を保管していたことがあり、同被告は被告中島のいないところで右保管中の印判を勝手に使用して右甲第一ないし第三号証に被告名義の記名および捺印をしたものである旨、前述の被告早田本人尋問の結果とは反対の趣旨の供述があり、また被告中島本人尋問の結果によると、被告中島が前記認定のように、本件(一)の手形が不渡りになつた後に訴外黒田義男から右手形の決済を要求されたのに対して自己の振出責任を認める趣旨の返答をしたのは、同被告が以前から被告早田に対し何枚もの融通手形を貸与していたために、右訴外人から決済を求められた手形が他人により勝手に振出されたものであることを知らず、自己の振出にかかる融通手形であると考えたことによるものであることが認められるのである。そして、以上の各証拠や間接事実を彼此対照するときは、前記甲第一ないし第三号証の被告中島の記名および捺印が被告早田によつて勝手になされたものであるという前記証人等の供述にも相当の信用性が窺れるのであつて、これが被告中島自身によつてなされたものであるという被告早田本人の前記供述だけをたやすく信用することはできないし、また被告中島の前記認定の言動も必ずしも被告早田本人の右供述を補強する性質のものとは云い難い。しかして、ほかには右記名および捺印が被告中島自身によつて、または同被告の面前においてなされたことを認めるに足りる証拠はない。
尤も、被告中島、同早田各本人尋問の結果によると、被告中島は以前から被告早田に対し自己の銀行取引口座の使用を許し、その方法として、被告早田の必要に応じて被告中島から被告早田に対し多数回にわたり融通手形を振出していたことが認められるのであるが、他方右被告両名本人尋問の結果によれば、被告中島はこれらの融通手形に自己の記名捺印をするに当つては必ず自ら記名、捺印するかまたは被告早田に印判を渡して自己の面前で押捺させるという方法によつていたことが認められるのであるから、被告中島が前記のように被告早田に自己の銀行取引口座の使用を許し、従来そのための融通手形を貸与していたという事実によつても、被告中島が被告早田に対して自己のいないところで自己の記名判および印判を使用して手形振出の代行をすることを許容していたものと解することもできない。したがつて、被告早田が保管中の前記印判によつて、被告中島の不知の間に甲第一ないし第三号証の手形に被告中島名義の記名および捺印をしたものと認めるよりほかはない本件では、被告中島と被告早田との前述のような従来からの取引関係を考慮しても、右記名および捺印が被告中島の予めの諒解に基いてなされたものと認めることもできないのである。
そうだとすると、結局甲第一ないし第三号証の被告中島名義の記名および捺印が同被告の意思に基いてなされたことの立証が充分でないことに帰するから、甲第一ないし第三号証によつては被告中島が本件(一)ないし(三)の手形を振出した事実の証拠とはならないものであるし、ほかには右事実を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、原告の被告中島に対する請求はその余の点の判断をするまでもなく理由がなく棄却すべきである。